地理

 

ポルトガルは、総面積9万1985平方キロメートルを有する南ヨーロッパの国です。本土はイベリア半島の南西部に位置しており、北、および東の境界はスペインと、西、南の境界は大西洋と接しています。その面積は8万9348平方キロメートルになります。

大西洋上にあるマデイラ諸島、アソーレス諸島もポルトガルの領土です。マデイラ諸島はリスボンから約911キロメートル南東の大西洋上に位置し、その総面積は794平方キロメートルになります。マデイラ島、ポルト・サント島、デゼルタ島、サルヴァージェンス島からなっています。

アソーレス諸島は、リスボンから1223キロメートル、ニューヨークから3395キロメートル離れた大西洋上に位置し、9つの(大)島、すなわちサンタ・マリア島、サン・ミゲル島、テルセイラ島、グラシオーザ島、ピコ島、ファイアル島、フローレス島、コルヴォ島とさらにいくつかの小島によって構成されています。それらの総面積は2247平方キロメートルです。

 

気候

ポルトガルの気候は、冬季の平均気温が8度~18度、夏季で16度から30度と概して温暖です。しかし、北部と南部、沿岸部と内陸部のあいだでかなりの気候の差があります。北部はより高い降水確率とより低い平均気温を記録します。また、内陸部はポルトガル全土でもっとも気温差が激しい地域であり、テージョ川より南の地域は地中海性気候の影響を受けます。夏季には非常に暑く、長期にわたるのに対し、冬季は短く、降水量も多くありません。マデイラも地中海性気候の特徴を有していますが、温暖で、1年を通じて過ごしやすいです。これに対し、アソーレスは、大西洋気候に特徴づけられ、多量の降雨が見られます。

ポルトガル気象庁

 

国の起源

1143年、ドン・アフォンソ・エンリケスは従兄弟でカスティーリャ王のアフォンソ7世に対する服従を破棄し、ポルトガルの国王として認められました。その後、ムーア人の領土の制圧により、王国の国土を拡張させました。国としてのポルトガルの起源はこの時期にあるとされています。

1908年に後継皇太子ドン・ルイスが1910年に国王ドン・カルロスが死去した後、1910年10月5日に共和制が導入されました。最後の国王マヌエル二世は退位した後、イギリスに亡命し、子孫を残すことなく死去しました。1911年に共和国憲法が制定され、現在と同じ共和制が導入されました。

 

人口

2011年の人口調査によれば、ポルトガルの人口総数は10.562.178人であり、その内男性は5.046.600人、女性は5.515.578人となっています。人口密度は1平方キロメートル当たり115,4人ですが、地域よって格差があり、南部より北部、内陸部より沿岸部に人口が集中しています。リスボン大都市圏の人口は2.821.699人、ポルト大都市圏の人口は1.287.276人となっています。

 

大航海時代以降続く海外への移住は、世界各国に拡がる数多くの豊かなポルトガル人コミュニティーをつくることになりました。今日、移民者の数は500万人を越えています。

出展:2011年国勢調査

http://censos.ine.pt/xportal/xmain?xpid=CENSOS&xpgid=censos2011_apresentacao

 

言語

ポルトガルはヨーロッパ諸国の中でもっとも言語的統一性の整った国のひとつであり、アソーレス、マデイラ諸島を含むすべての領土においてポルトガル語が公用語として用いられています。
現在、ポルトガル語話者数は2億3000万人と見積もられており、世界で8番目(西洋の言語の中では、英語、スペイン語に次ぎ3番目) に多くの話者を有する言語の地位を占めています。現在、8カ国、アンゴラ(人口564万6千人)、ブラジル(人口1億9070万人)、カーボ・ヴェルデ(人 口49万1800人)、ギニア・ビサウ(人口150万人)、モザンビーク(人口2020万人)、ポルトガル(人口1050万人)、サントメ・プリンシペ(人 口18万7300人)、東ティモール(人口100万人)の公用語となっています。
1999年まで中国領ながらポルトガルの行政管轄下にあったマカオでは、北京語とならびポルトガル語が公用語として採用されていました。

ポルトガル語は、1986年にポルトガルがヨーロッパ連合(EU)に加盟した際、同機関の公用語のひとつとなりました。ブラジルが参加する南米南部共同市場(MERCOSUL)の発足により、ポルトガル語は同機関に加わるブラジル以外の国々において教授される外国語となりました。1996年、ポルトガル語の普及、加盟国間の文化的交流の深化および相互協力を目的として、ポルトガル語を公用語とする諸国の間でポルトガル語諸国共同体(CPLP)が創設されました。

ポルトガルの北東部に位置するミランダ・デ・ドウロ地域では、昔から使用されてきた地域言語、ミランダ語が存在します。ミランダ語は、今日、約15000人が使用する日常言語であり、ポルトガル法第7条/1999年1月29日によって、ポルトガルにおける公用語のひとつとなりました。

宗教

良心、宗教、信教の自由が共和国憲法(第41条)で定められています。教会および宗教共同体は独立しており、国家とは切り離された存在です。統計では、国民の大部分がローマ・カトリック教徒であり、約90%を占めています。

 

通貨

通貨ユーロは、1999年に欧州共同体に導入され、2002年1月に紙幣および硬貨が流通するようになりました。2011年1月以降、通貨ユーロは欧州共同体27カ国のなかのオーストリア、ベルギー、キプロス、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシア、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロヴァキア、スロヴェニア、スペインの17カ国において公式通貨となっています。(出展:ポルトガル銀行)

http://www.bportugal.pt/pt-PT/NotaseMoedas/Paginas/default.aspx

 

経済

EUへの参加はポルトガル経済の発展にとって歴史的な一歩となりました。1986年以来、ポルトガルは漸進的な経済開放を実施してきましたが、それとともに消費、投資、公共投資、輸出の拡大を実現し、高いGDP成長率を記録してきました。
消費の増加は、購買力が一定の下で供給が増加したことによるものであり、投資の増大は外国投資によるものでした。公共投資は、EUからの構造基金によって増加し、輸出はヨーロッパへの経済開放とともに拡大しました。
さらに、経済・通貨同盟(EMU)の発足が、赤字削減やインフレ率、金利などの点において与えた影響が強調されます。
ポルトガルの企業組織は、その大部分が家族経営の中小企業です。
さまざまな部門の中で特筆されるのは、繊維、製靴、観光、コルク、製紙などの伝統的で自然の恩恵を受けた部門です。とはいえ、近年、自動車や電機などの部門も発展してきています。