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19世紀、ポルトに商業組合本部として建設された「ボルサ宮」内の「紋章の間」を飾る20カ国の紋章の壁画修復中、ポルトガル国王フェルナンド2世の出生地であるザクセン王国の紋章の下に徳川家の「葵紋」が発見されました。
「紋章の間」にはポルトガルの紋章を囲んで、ポルト市が当時商業的に関係の深かった19カ国の紋章(オーストリア=ハンガリー帝国、ペルシア、ザクセン、イタリア、フランス、オランダ、ベルギー、デンマーク、スウェーデン、ギリシア、ロシア、英国、スイス、ドイツ、メキシコ、米国、アルゼンチン、ブラジル、スペイン)が描かれています。
江戸幕府は、1860年にポルトガルと修好通商条約を締結しており、「葵紋」は、1865年に旧クリスタル宮殿で開催されたポルト国際博覧会に徳川家から大規模な使節が送られていた際の記念と考えられます。