本名はヴィルジリオ・アルマンド・マルティンス・ジャネイロ。

1914年にポルトガル北部、トラス・ウス・モンテス地方に生まれる。

1939年から外交の道を歩み始め、多くの国に赴任する。日本には駐日ポルトガル代理公使として1952年~1955年、ポルトガル大使として1964年~1971年に滞在した。

滞日中は日本人および日本文化に深い関心をよせ、同じようにポルトガルの外交官として来日し、阿波徳島に半生を埋めたヴェンセスラウ・デ・モラエスにつよく心ひかれ、モラエスに関する研究に献身するとともにその顕彰につとめた。

モラエスが明治から大正のはじめにかけての日本に魂をうばわれたのと同じように「東洋と西洋」「日本とポルトガル」というテーマはマルティンス・ジャネイラの心をとらえて離さず、この問題を中心にいく篇もの論文を発表している。

当初、著書はマール・タレグレというペンネームを用いて著していたが、1949年から実名の中から特に母方の姓をとってアルマンド・マルティンスを使い始めた。後年、後方の姓は本来ジャネイロであるが、日本人の間違いからジャネイラと呼ばれ、自らこちらを使い始めたものである。20冊を超える著作のほか、新聞や雑誌に数多くの記事を寄せた。

1980年に外務省を退官、その後は祖国に戻り教職につく。リスボン新大学で教鞭をとるなどし、東洋研究所(Instituto dos Estudos Orientais)を設立。後に東洋院(Instituto Oriental)として同大学の付属機関となった。また、ポルトガル国内のポルトガル・日本友好協会設立にも携わった。

1988年7月19日にリスボン郊外のエストリルにて死去。

 

<著書>

『南蛮文化渡来記』 サイマル出版会