1532年リスボンの貴族の家に生まれた。1548年にイエズス会に入会。同年3月、2ヶ月間の研修を経てからインドに向かうため、リスボンを出帆したが、この後母国の土を踏むことはないまま人生を終えた。

1548年10月にゴアに到着する。1548年~1561年は聖パウロ・コレジオで研鑽を積んだが、この頃からゴアやマラッカにおける宣教活動について詳細な記述を残し、傑出した文才を発揮していた。1561年に叙階。ゴアでフランシスコ・ザビエルなど、その他フロイスの人生を決定付ける人々との出会いを果たす。1562年にマカオに向かい、そこから日本へと道を進めることになった。

日本には現在の長崎県西海市の横瀬浦に1563年に到着。フロイスの来日は大友純忠が大名として初めて洗礼を受けた1ヶ月後のことであり、当時、日本はキリスト教布教の最盛期にあった。フロイスは日本からイエズス会に宛てて、日本における布教活動等について克明な報告を送り続けた。この報告書を通して当時の日本における宣教師たちの日常生活が詳細にわたって明らかとなっており、報告書は比類ないほど重要な歴史資料となっている。報告書はどのようにイエズス会士たちが日本文化に呼応し、当時の日本人たちと交流していったのかを伝えているのである。

横瀬浦で焼き討ちがあったため、フロイスは平戸の度島へと居を移し、この地で日本語を学び始めた。日本語を修得したことによって、フロイスはのちに日本の要人との密な関係を築くことができた。

1565年に京都に入り、将軍足利義輝に謁見。1569年には織田信長のいる岐阜に出向き親交を深めた。

1577年、フロイスは豊後(現在の大分)に立ち寄り、そのときに大名大友宗麟がキリシタンに改宗、フランシスコと名乗るにいたる。1581年、フロイスはイエズス会副管区長ガスパル・コエーリョにふたたび長崎に呼ばれた。

アレサンドロ・ヴァリニャーノからの要請を受け、この頃からフロイスは「日本史」の執筆を始めた。現在、「日本史」は日本史や1549~1593年の日本における布教活動についての研究者にとって、非常に貴重な史料となっている。

フロイスは、ガスパル・コエーリョに通事として同伴し豊臣秀吉に謁見する。

秀吉は1587年にバテレン追放令を発布したが、フロイスは日本にとどまって内密に布教を続けるとともに、その多くの時間を「日本史」執筆にあてた。

1592年、ヴァリニャーノとともに日本を出立してマカオに向かい、かの地で天正遣欧少年使節(1582年に長崎を出発してローマへ向かい、リスボンに1584年に到着し、ローマで教皇グレゴリウス8世に謁見し1590年に帰国した4名の使節団)についての記述を完成させた。

フロイスの「日本史」はここで完成し時の総長クラウディオ・アクアヴィーヴァに送られた。しかしフロイスの記述様式をヴァリニャーノは快く思っておらず、厳しい批評を下した箇所があるのであるが、現在はそうした箇所こそが歴史資料として欠くべからざる箇所とみなされている。

フロイスの文書は自らの経験に基づいて書かれている。当時の日本の歴史的な出来事や日本でのイエズス会の存在を当事者の目で語るなど、自伝的要素も含まれている。

フロイスは病身を押して1595年に日本に戻り、長崎の26聖人の殉教記録を著したのち、1597年に没した。

遺稿はフィリピンを経て送られたためにヴァリニャーノによる検閲から免れた。だが、ヴァリニャーノはこの書簡の存在を知るやローマに保管するよう勧め、そのまま忘れられた。再刊されたのは、20世紀になってからのことであった。

62歳で生涯を閉じたフロイスは、その最晩年にもっともすばらしい著作を残したといえる。それは1597年3月15日に起こった、長崎の26聖人殉教事件の報告書である。日本の研究者の間で議論の的となっていたいくつかの疑問点がフロイスの著作によって明らかにされた。殉教が行われた場所の確定がフロイスの著作の発見により可能となったために、1956年には西坂の丘が長崎の史跡として認められ、26聖人のモニュメントが造られている。

この報告書を完成させたときフロイスの病状はすでに非常に重く、1597年7月8日、長崎の聖パウロ聖堂で没したとされる。

1997年にはフロイスの没後400年を記念して、ポルトガルでは記念切手および硬貨が発売されたほか、日本でも記念行事が催された。

ルイス・フロイスは日本におけるキリスト教布教の歴史に重要な足跡を残し、長崎と密接なかかわりをもった人物であった。現在の西坂公園内にはフロイスの功績をたたえた記念碑が建てられている。

 

<関連書籍>

『フロイスの見た戦国日本』  中央公論社

『ヨーロッパ文化と日本文化』  岩波書店

『回想の織田信長-フロイス日本史より』 中央公論社

『秀吉と文禄役-フロイス日本史より』 中央公論社

『フロイスの日本覚書-日本とヨーロッパの風習の違い』 中央公論社

『完訳フロイス日本史』 中央公論社

『日本史』 平凡社

『宣教師が見た信長の戦国―フロイス二通の手紙を読む』 風媒社

『日本二十六聖人殉教記』 聖母の騎士社

『南蛮遍路-フロイス研究回顧録』 朝文社

『わが友フロイス』 井上ひさし