1854年5月30日、ポルトガルのリスボンに生まれる。

1875年、海軍兵学校を卒業して海外の植民地に勤務した。

1885年、初めてマカオに渡る。マカオ港務副司令官と同時に高校教師も勤めた。マカオ滞在中には現地女性の亜珍と結婚し2人の子どもをもうける。この間、ポルトガルの詩人カミーロ・ペサーニャと親交を結ぶ。

1889年、初来日、以後しばしば日本を訪れた。

1898年、マカオ港務副司令官を最後に退役、日本に移住して神戸・大阪ポルトガル総領事を務めた。領事時代、徳島出身のおヨネと知り合い結婚。おヨネの死後、1913年に徳島に移り住んだ。徳島の豊かな自然や市井の生活を愛し、おヨネの姪斉藤コハルを愛したが、コハルにも先立たれ、孤独な晩年を送った。日本を紹介したエッセイを数多く書いて祖国ポルトガルに送り続けた。『大日本』『日本通信』『徳島の盆踊り』『日本精神』など多数の著作を残し、文学者として高い評価を得ている。

1929年7月1日、徳島市伊賀町の自宅で死去。行年75歳。

 

著書

1895年     “Traços do Extremo Oriente”

1897年   “Dai-Nippon” (「大日本 歴史芸術茶道」花野富蔵訳 帝国教育会出版部)

1904年 “Cartaso do Japão”

1905年 “O Culto do Chá”

1906年 “Paisagens da China e do Japão” (「極東遊記」花野富蔵訳 中央公論社)

1907年 “A Vida Japonesa”

1916年 “O Bon-Odori em Tokushima” (「徳島の盆踊り」花野富蔵訳 第一書房・岡村多希子訳 講談社)

1917年 “Ko-Haru”

1919年 “O Tiro do Meio Dia”

1923年 “Ó-Yoné e Ko-Haru” (「おヨネと小春」花野富蔵訳 昭森社・「おヨネとコハル」花野富蔵訳 集英社 「おヨネとコハル」岡村多希子訳 彩流社)

1924年 “Relance da História do Japão” (「日本歴史」花野富蔵訳 明治書房)

1926年 “Os Serões no Japão” (「日本夜話」花野富蔵訳 第一書房)

1926年 “Relance d’alma japonesa” (「日本精神」花野富蔵訳 第一書房・講談社 岡村多希子訳 彩流社)

 

 

<その他関連書籍>

『モラエスの絵葉書書簡――日本発、ポルトガルの妹へ』モラエス・著(彩流社)

『モラエスとコウト友情物語――明治を愛したポルトガル人』デコウト光由姫(新人物往来社)

『モラエス恋遍歴』瀬戸内寂聴・著(実業之日本社)

『サウダーデの男モラエス』森本義輝・著(東京図書出版会)

『ポルトガルの友へ――モラエスの手紙』モラエス・著(彩流社)

『モラエスの旅――ポルトガル文人外交官の生涯』岡村多希子・著(彩流社)

『モラエス――サウダーデの旅人』岡村多希子・著(モラエス会)

『わがモラエス伝』佃実夫・著(河出書房新社)

『定本モラエス全集』花野富蔵・編 集英社

『異邦人モラエス』四国放送株式会社・編 毎日新聞社

『「美しい日本」に準じたポルトガル人――評伝モラエス』林啓介・著(角川書店)

『日本人モラエス――伝記 W.D.モラエス』花野富蔵・著(大空社)